カテゴリー「夜鷹」の6件の記事

夜鷹①

みにくい鳥

 どこにでもある、ありふれた森があった。 
 その木陰の下を1羽のヨタカが散歩していた。
(お腹が空いたな。でも夕暮れにはまだ早いなあ)
そんなことを考えていると、ヨタカは草に足をひっかけつまづいてしまった。
「あ痛!」
 うしろのほうで笑い声がした。
 ヨタカが振り返ると、ヒヨドリとツグミが笑い転げていた。
「アハハ・・・、なんて間抜けな姿だろう」
「姿が間抜けだと、転び方まで間抜けだな」
 ヨタカは何も言わず再び歩き出す。
 ヒヨドリたちは笑うのをやめて、ヨタカのあとを追う。
「おい待てよ。あいさつくらいしたらどうだ」
 横柄にヒヨドリが言った。
「僕になにか用かい」
 ヨタカが答えると、ヒヨドリたちはまたさっきと同じ笑みを浮かべ、ヨタカの前に回り込んだ。
 「別に用なんてないさ。ただ君みたいなみにくい鳥が、よくこんな真っ昼間からうろつけるもんだと感心したもんでね」
 「いや、もしかしたら恥ずかしいなんて、高等な感情がないのかも知れないね」
 ヨタカが黙っていると、ヒヨドリたちはますます調子づいて続ける。
「大体君がどうしてヨタカなんて偉そうな名前をしているのか理解に苦しむよ」
「僕がタカだったら、こんなのと一緒にされるなんて我慢できないや。真っ先に食い殺しているよ!」
「君たちには関係ないだろう」
 ヨタカが言い返すと、ヒヨドリたちから笑みが消え、
「関係ないとはなんだ!この鳥の面汚し!」
「お前なんて姿の見えない夜にだけうろついていればいいんだよ!」
と、大声でヨタカを罵りはじめた。

 突如、上空で鋭い鳴き声がした。

 驚いたヒヨドリたちが空を見上げると、背の高い木の枝に1羽の立派なタカの姿があった。猛禽類の証である何者をも引き裂く鋭いくちばしと爪、そして周囲を威圧するするどい眼を持ち、森の王者らしい風格が漂っていた。タカはヨタカらに気づいているのかいないのか、じっと遠くをみつめている。
 ヒヨドリとツグミは喋ることも逃げ出すこともできず、ガタガタと震えていた。ヨタカのほうは同じ名前をもつタカの姿を、目を見開き瞬きもせずに見上げている。
 タカは大きく翼を広げると、ゆっくりその場から飛び去っていった。

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夜鷹②

似たもの同士

 ヨタカは池のほとりに立ち、水面に映る自分の姿をみつめていた。
 ずんぐりとした体を茶と黒のまだら模様が覆い、くちばしにはすだれのようなひげがある。
(こんな姿なら、ああ言われても仕方がないな)
 ヨタカは深いため息をついた。
(僕はどうしてこんな姿に生まれてきたんだろう。もし本当のタカに生まていれば、どんなに良かっただろう)
 今まで何度タカに生まれたいと思ったことか。
 ヨタカの目から雫がこぼれ落ち、池に小さな波紋ができた。
「おーい!」 
 ウグイスが飛んできてヨタカの横に着地する。
「どうしたのヨタカ。ずいぶん落ち込んでいるみたいだけど」
「やあ、こんにちは」
 ヨタカは明るく振る舞ったが、ウグイスは心配げにヨタカに言った。
「また、誰かにからかわれたのかい?」
「いつものことさ・・・」
 ヨタカは先ほどの出来事を話した。話を聞いたウグイスは心からヨタカに同情した。
「どうしてそんなことを言うんだろう。困っている姿をみて、喜んでいる奴らなんて最低だよ」
 ウグイスはどちらかといえば、地味で目立たない鳥であった。しかも力が弱く、餌を他の鳥に横取りされることも多かった。そんなウグイスとヨタカは何かと気が合い、大の親友同士だった。
「でも、時々思うことがあるんだ」
 ヨタカは遠い目をして言った。
「弱い者が何を言ったって、世の中はなにも変わりはしない。この世の中は強い者と弱い者がいて、強い者のために世界はあるんじゃないかって」
 それは違う!
 ウグイスはそう言いたかったが、自分自身いつも非力さに泣かされており口に出せなかった。
「あ、一番星がみえるよ」
 ウグイスは話を逸らそうと、夕焼け空に小さく光る星をみつけて言った。
「きれいだなあ。何も考えず、ぼーっと眺めていると、嫌なことも忘れてしまうよ」

 ウグイスとヨタカは長い時間、その星を見ていた。西の端にわずかな赤味を残して、上空が暗闇に包まれようとする頃、ふいにヨタカはウグイスに尋ねた。
「ヨタカの星って知ってるかい」
 知らない、ウグイスが答えると、ヨタカはその星について語った。
「僕たちの仲間内に伝わる伝説でね、昔1羽のヨタカがいた。そのヨタカもやっぱりみにくい鳥だって、他の鳥たちから嫌われていたんだ。ある夜、そのヨタカは空高く舞い上がった。どこまでもどこまでも高く・・・。そして、そのヨタカは星になった」
 ウグイスは黙ってヨタカの話を聞いていた。
「星になるってどんな気分だろう。キラキラ輝いて、気持ちいいんだろうなぁ」
 ヨタカは羨ましそうに言った。その横でウグイスはそっとつぶやく。
「でも、それが本当の望みだったのかな」
 

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夜鷹③

甘い木の実

「ああ退屈だな」
 ヒヨドリは大きなあくびをした。そばにいたツグミも同じようにあくびをする。
「でも、昨日は驚いたね。タカがあんな近くにいたなんて」
 ツグミがそう言うと、ヒヨドリは苦い気持になった。あのときは大丈夫だったが、いつあのするどい爪に捕らえられるかわかったものではない。恐らく、一生あの爪に怯えて暮らさなければならない。
 苦い気持になったのはもうひとつ理由があった。あのとき自分もツグミも怯えて震えていた。だがヨタカの奴はまるで怯えた様子もなく平然としていた。
(きっとあいつは、自分たちを心の底で笑っていたに違いない)
 そう思うとヒヨドリはくやしくて仕方がなかった。
「たしかウグイスの奴、ヨタカと仲が良かったよな」
 ヒヨドリはそうつぶやくと、なにやら考え込み、そしてツグミにその考えを話した。それを聞いたツグミは面白そうに笑みを浮かべた。

「まあ食べてくれよ」
 ヒヨドリは笑顔を浮かべ優しく言った。
 ウグイスは差し出された木の実を疑わしげに眺めていた。
「どうした、遠慮はいらないよ。この木の実は僕だけの秘密の場所にあってね。山葡萄や柿の実なんかよりも、ずっとおいしいよ」
「どうして、そんな実を僕にくれるんだい」
 ウグイスはよく餌を横取りされる。目の前のヒヨドリもその横取りする1羽だった。
「君にひどいことをしていたと反省したんだよ。その罪滅ぼしさ。さあどうか食べておくれ。これから仲良くやっていこう」
 ウグイスは一口その実をつまんだ。すると、いままで食べたどの木の実よりも甘く、香ばしく、おいしかった。たまらずウグイスは、その木の実をきれいに食べ尽くした。
「ああ、とてもおいしかったよ。ありがとう!」
「いやいや、どういたしまして。ところで・・・」
 ヒヨドリは急に声の調子を落とした。
「君の友人として忠告するけど、あのヨタカには近づかないほうがいいよ」
「えっ」
 ヒヨドリは真剣な表情で続けた。
「君がなぜ他の鳥たちにいじわるをされるかわかるかい?いつもヨタカと一緒にいるせいさ!あいつのせいで鳥全体のイメージが悪くなるって、僕ら鳥仲間はとても迷惑しているんだ。そこでだ。近々ヨタカをこの森から追い出す決まりができたんだ。だから、ヨタカと一緒にいると君も同類とみられて森を追いだされるぞ」
「そんな・・・」
 ウグイスはどうして良いのかわからずオロオロした。
「悩む事はないさ。あんなみにくい鳥のために君まで巻き込まれることはないさ。君だってヨタカをみにくい鳥だと思うだろう」
「それは、みにくいとは思うけど・・・」
 小さくウグイスがつぶやくと、ヒヨドリは大声で叫んだ。
「君もみにくいと言ったな!聞いたかい、みにくい鳥さん。誰もお前をまともな鳥なんて思っちゃいないよ!」
 少し離れた茂みから1羽の鳥が飛び去っていった。それはヨタカだった。遅れて茂みからツグミが現われた。
「へん、ヨタカのヤツ、べそをかいて逃げていったよ」
「どういうことだよ」
 ウグイスは泣きそうな声で言った。
「なに、自分のことをよく知ってもらおうと、ヨタカをおびき出しておいたのさ」
「決まりって・・・いうのは・・・」
「ハハッ。ウソさ!でも、そのうちそんな決まりが出来るだろうよ」
「こんなに上手くいくなんて。あー面白かった!!」
 自分たちの思い通りの結果になりヒヨドリたちは大笑いしながらその場を去った。
 あとに残されたウグイスは、呆然と立ち尽くすしかなかった。

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夜鷹④

 低い木の枝に身動きもせずヨタカは止まっていた。目の前には見知らぬ風景が広がっていた。どのくらい飛んだのか憶えていない。
 腹は立たなかった。悲しみもなく、不思議な気分がした。ただ自分の存在がひどく頼りなく思える。
 ヨタカの目の前を小さな羽虫の群れが通りかかる。その様子を眺めていると声をかける者があった。
「食べないのかね」
 いつの間にか近くの木の枝に、年老いたフクロウがいた。
「お前さんの餌がすぐ目の前に飛び回っているのに、なぜ食べない」
「気の毒だから」
 ヨタカはつぶやくように答えた。
「ホホッ。気の毒とな。腹が減れば食う。それはわしらが生まれて考えるよりも前に身につけていることだ。そんなことならはじめから生き物など存在せんわ」
「ぼくはたくさんの虫たちを食べてきた。でも、ぼくには虫を殺してまで生きていく資格なんてない」
「今度は生きていく資格か。ホッ!なかなか小難しい理屈をいうヨタカだわい。お前さん、そんな資格があると思っているのかね。あるとしても、誰が一体その資格を与えるんだね」
 ヨタカが黙っていると、突然フクロウは地面めがけて急降下した。
 野ネズミを捕らえようとしたが、寸前、野ネズミは体をかわし逃げていった。
「えーい、口惜しい!年はとりたくないわ」
 ふとヨタカの目にフクロウの姿とタカの姿がだぶってみえた。自分よりもずっとタカに近いと思った。
 フクロウは呼吸を整え、ヨタカのいる木の枝に止まった。
「とにかくお前さんは生きていく希望はないわけだな。なにがあったか話してみい。どうせ飢え死にするのなら年寄りに身の上話をするのも悪くはないだろう」
 ヨタカはこれまでの出来事を話した。フクロウは時々、ホッホーと相槌を打ちながら黙って聞いた。ヨタカが話終えると、フクロウは目を閉じた。強い風がヨタカ達の間を吹き抜けていった。フクロウは目を開き、ヨタカに尋ねた。
「お前さんは、悪く言う鳥たちと、みにくいこととどちらがいけないと思う?」
 ヨタカは考えたが答えが思い浮かばない。さらにフクロウは続ける。
「誰よりも、みにくいことが疎ましい、ゆるせないと思っているのは、当のお前自身ではないのかね」
 思いもしなかった言葉だった。
「そんなことは・・・ない!」
「そうかね。さっき生きていく資格と言ったな。それを決められるのは自分だけだよ。お前さんは、自分で自分を価値のないものにしてしまっているのではないか」
「あんたに何がわかるもんか!」
 飛び去るヨタカをフクロウは黙って見送った。

 いつしか空には暗く厚い雲がたちこめていた。
 一粒、二粒、雨が落ちたかと思うと、たちまち滝のような大雨となり地上に降り注いだ。強い風がうねりをあげ、木々は狂ったように枝や葉をざわめかせる。森のすべての生き物たちは、この凶暴な襲来者が去るのをじっと待った。
 ヨタカも木の枝にしがみつき風雨に耐えていた。

 バキッ。
 
 その枝が折れてしまいヨタカは数十メートル飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。 
 

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夜鷹⑤

ヨタカの星

 なにも見えず真っ暗な闇だけが広がっていた。自分は立っているのか、宙を漂っているのか、どこが上で下のかさえわからない。ただ意識だけがあった。
(ぼくはどうなってしまったんだろう)
 ヨタカは考えようとしたが、頭がぼんやりして集中できない。
 すると闇のなかからヒヨドリとツグミが現われた。ヒヨドリたちはなにやら探していた。しかし、それを見つけることが出来ず、ヒヨドリはツグミを乱暴につつきだした。ツグミは悲鳴をあげて闇へと消えいき、ヒヨドリもなにか喚きながら闇に消えた。
 今度はウグイスが現われた。ウグイスはしゃくりをあげ泣いていた。ヨタカは可哀相に思い、ウグイスに声をかけようとしたが声がでない。ウグイスはとぼとぼ歩き出し、消えていった。
 ヨタカはだんだん恐くなってきた。ここから逃れようと意識を四方八方に向けると、遠くに小さな光をみつけた。ヨタカはその光に近づき、そして尋ねてみた。
「ここはどこなの」
(どこでもない。ここはお前の中にある)
 声が頭に響いた。
「あなたは誰」
(お前の憧れるもの。夜に輝く星)
「ヨタカの星・・・」
(ヨタカよ。お前は今まで辛い思いばかりしてきた。私のところに来るがいい。私とともに星になるがいい。ここには苦しみも悲しみもない。お前をみにくいと言う者もいない。逆に多くの者が、美しい星としてお前のことを見上げるだろう)
 ヨタカの星は光をゆるめかせながら青白く燃えていた。すぐ近くにあっても、熱くも冷たくもない。静かで、そして恐ろしいほどに美しかった。
 こんな姿になれるなら星になってもかまわない。
 もうあんな思いはしたくない。
 僕を星にして!そう言葉にしようとしたとき、いつかのウグイスの言葉がよみがえった。
(それが本当の望みだったのかな)

 ヨタカのなかで疑問が生まれた。
「あなたはこの闇のなかで、とてもきれいに輝いている。でも、それはあなたにとってどんな価値があるの」
 しばらくの沈黙のあと、ヨタカの星が答えた。
(私自身には価値はない。誰かが私をきれいだと思うとき、お前のように必要とする者がいるとき、はじめて存在する価値を持つ)
 ヨタカはこの星もやはり自分と同じなのだと思った。みにくい姿がいやだ。どこか遠くへ行ってしまいたい。そんな想いが生み出したんだ。
(さあ、おいで。星になることはお前の望みだったのだろう)
「きれいに思われたいから星になるなんて嫌だ!」
 ヨタカは力の限り叫んだ。
「僕は誰かのものじゃあない。僕は僕のために生きたい!!」
 星がはじけた。まるで太陽のような熱い光がヨタカを包み込み、ヨタカの意識はその光のなかに溶けていった。


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夜鷹⑥

羽ばたく翼

 ヨタカが目を覚ますと、雲ひとつない満天の星空が広がっていた。嵐が過ぎ去り、どこかで虫の鳴き声が聞こえる。
 体についた雨粒をはじき飛ばすと、ヨタカは夜空に舞い上がった。月の光を浴び体を銀色に輝かせながらヨタカは飛んだ。自分の住む森に向かって。

 一夜が明けヨタカはウグイスの姿を探した。ウグイスに僕は気にしていないって言ってやろう。
 水たまりで水を飲むウグイスをみつけた。そこへ近づこうしたとき、ヨタカは上空を旋回するタカの姿をみた。そしてタカはウグイスめがけて急降下をはじめた。

 自分を呼ぶ声がしてウグイスは上を見上げた。そこにはタカがヨタカの体を捕らえる姿があった。タカの爪はくっきりとヨタカの心臓に突き刺さっている。ヨタカは口から血を溢れさせ、遠のく意識の中ですぐ近くにあるタカの顔をみた。タカは深い瞳でヨタカをみつめていた。タカの口がなにかを喋ったようにみえたが、もうヨタカの耳には聞こえなかった。

 森の中を飛んでいたウグイスは一休みをしようと木に枝に止まった。
 ここ何日もウグイスの心は重かった。何をするときもあのときの光景が目に焼きついて離れない。
 下のほうで声がするので見渡してみると、ヨタカの親子がいた。母鳥がヒナに飛び方を教えているのだ。ヒナは不器用に羽根をばたつかせている。
(あのヒナも、やがてみにくい鳥って言われるのかな)
 ウグイスがそんなことを考えているあいだも、母鳥は一生懸命ヒナを励ましている。ヒナもなんとか飛ぼうと地面を這いずり廻る。いつしかウグイスもヒナを応援していた。
「大丈夫。飛べるよ。もっと羽ばたくんだ」
 ついにヒナの体がふわった浮かんだ。
 母鳥が歓声をあげる。
 ヒナはとまどいながらも、うれしそうに自分の力で空を飛んでいった。

(おしまい)


 

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