ずっと昔、福祉系のボランティア活動をしていた時期があった。
そこでYさんという青年に出会った。
Yさんは病院に入院していたが話相手を探しており、自分がその相手として病院に通う事になった。
元々、Yさんは山と旅が好きな活動的な青年だった。
しかし東南アジアを旅行した際、伝染病にかかってしまう。帰国後40℃以上の高熱が続き、一週間ほど生死をさまよった。なんとか一命はとりとめたものの、首から上以外、全身麻痺という身体になった。その後は病院で何年も寝たきりの生活を送っていた。
病室を訪れると闘病生活のためすっかり痩せ干そったYさんがいた。喉の切開手術を受けており、そこからは人工呼吸器がつながっている。
「はじめまして」
Yさんがわずかに首だけを動かし挨拶をする。ほんんど声が出ていないが、口の動きでかろうじて言葉がわかった。
Yさんはいつもニコニコしていて、自分に不快な思いをさせないように気遣ってくれていた。会話の内容はYさんの昔の思い出話を聞いたり、世の中の動きについての質問に答えたりといった感じだった。Yさんに頼まれて「山と渓谷」という雑誌を買って持っていたこともある。その頃、自分はアウトドアにまったく興味がなかったので、楽しいそうに山の話をするYさんに、「へー」「そうでうすか」など相づちを打つ程度だった。
最初にYさんの余命が長くはないと聞かされていたので、変なことを言ってはいけないと、言葉を慎重に選ぶびながら話をしていた。自分はYさんよりも10歳も若かったせいもあり、共通の話題も少なかった。なので会話はいつもあまり弾まなかった。また言葉が聞き取れず、何度もYさんにもどかしい思いをさせた。話相手としては最後まで役不足だったと思う。
時々、病室でお見舞いにきていたYさんのお父さんと一緒になった。決まって二人は些細なことで口論を始め、それをみているのが辛かった。どちらも自分と二人のときは、とても明るく感じがよい人なのに。長い入院生活が続き、お互いいっぱいいっぱいだったんだろう。
全身麻痺ながら辛うじて手の指を動かせたYさんは、ワープロを使ってたくさんの文書を残していた。その文章を一部みせてもらったことがあるが、内容は自分の生い立ちを記録したものや知人に宛てた手紙などだった。自分の命が長くないことを悟っていて、なにか生きた証みたいなものを残したかったのかも知れない。
症状の進行によるものか、薬の副作用のせいか、Yさんは幻覚をみたりひきつけを起こすことが多くなった。
そんなある日、Yさんが突然、こう尋ねてきた。
「死後の世界ってあるんでしょうかねぇ」
一瞬、返事につまったが正直に、
「自分もそのときになってみないとわかりません」
と答えた。
きちんとした回答など期待していなかったであろうYさんは、淋しいそうに微笑み、その話題はそれで終わった。
自分がYさんの口から「死」について耳にしたのは、後にも先にもこれっきりだった。
それから間もなくしてYさんは亡くなった。
その後、まったく別のきっかけで自然が好きになり、あちこちの山に登ったり、旅をするようになった。
時々、Yさんのことを思い出す。
今だったらYさんと、もっと会話が出来たかな。
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