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「わが家の母はビョーキです」

A

「わが家の母はビョーキです」(中村ユキ著/サンマーク出版)

統合失調症を患った母親とのかかわりを描いたエッセイマンガ。

世間的にうつ病、痴呆症、アルコール依存症といった精神疾患は、
あまり公にはしにくい傾向があるが、
なかでも統合失調症は一段とタブー視されてきた歴史があり、
いまもその名残が強く残っている。

そんな病気の母親のことをマンガで描くことは、
作者(娘)にとっても勇気がいり、また辛いことだったろうと思う。

本人(母親)はもちろん、周囲の誰も統合失調症への知識がないまま、
病状のほうはどんどん悪化。
幻聴、誇大妄想、自殺願望、強制入院と、
数々の修羅場が繰り広げられる。
やがて理解ある夫とめぐりあい、
正しい服薬、周囲のサポートなどによって、
完治はしないものの今は、
以前よりは病状が安定しているという描写で、
一応、マンガのほうは完結する。

このマンガを読んで一番印象的だったのは、
終始、主眼にあるのは娘からみたお母さんであり、
統合失調症そのものではないことだった。

だからこそ母娘両方の苦しみ、悲しみが、
生々しく伝わってきた。

相手のことを知る上で病気・障害を理解することはもちろん大切。
特に統合失調症などの場合は早期発見・早期治療がなによりも必要なこと。

ただ病気・障害について正しい知識を持っているはずの
医療・福祉関係者であっても、
それがお互いの関係を深め、人格を知るということとは、
必ずしも一致しないという側面がある。

ともすれば
糖尿病の○○さん、半身麻痺の××さん、
と、まず病名をフィルターにして相手をみてしまい、
病名だけでその人のことをわかったつもりになってしまう
(あるいはわかろうとしない)。
その人がどんな生活を送ってきて、なにに喜び、悲しんできたのか、
なにも知らないくせに。

介護の世界では、
「痴呆症の人を介助するときは、
その人が若く元気だった頃の姿を想像するように」
との言葉がある。
そうしないと相手を同じ人間としてみれなくなってしまう。
医療・福祉の現場ではそんな危うさがつきまとう。
怖いことに過去、そういうことに起因する事件がいくつも起きている。

そういう意味でこのマンガは、
一般の人はもちろんこの分野の専門職の人にも是非、
読んでもらいたいね。

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コメント

この本、お勧めです。もうご存知かもしれませんが。
http://www.akashi.co.jp/osusume/daihossa/main.htm
兄の病気のことを描いたこれもまた体験記(まんが)なのですが、テーマはそれだけにとどまらず、わたしはとても濃厚な読書体験ができました。

投稿: Amanda | 2009/07/14 22:53

amandaさん
コメントありがとうございます。
なんであれ体験記には、専門家が書いたものとはまた違った重みがありますよね。


投稿: ぽうせ | 2009/07/15 11:42

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